9/23(4日目)②

さてここ大崎市古川地区から、松島・瑞巌寺までの道のりをGoogle先生に聞くと、大郷町を縦断しろとのこと

どこやねん
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大分それてた
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東北新幹線見えるからこの道で大丈夫だろうなんて思っているからこうなる。
そのあとなんとか大きな道にでました。

道中なぞの物件。なんの建物だろう。
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そんなこんなで松島とうちゃく~
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さすが三陸、海に出るまで山のなかだったぜ。
そのまま瑞巌寺へ。
入館料700円を払って、いざ拝観~。
と、思いきや本堂改修中のため入場できないですと!?
なぁにぃ!?やっちまったなぁ~、とまたもや思いきや、代わりに現在公開している箇所があるとのこと。
なんでも開山400年にして初めて、庫裡(くり)なる場所へ入れるんだそうな、ほえー。
早速順路に沿って行ってみましょう。

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そして本堂の代わりの仮本堂へ続きます。
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そういえば、途中お見かけした警備員さんが、お寺のあれこれや震災当時のことを語っていました。
なんでも、ここ松島も当然津波に襲われましたが、他の地域と違い高波がくるようにじわじわと水位が上がってきたそうです。
その為比較的安全に現地の人々は避難できましたが、当然インフラ等などは機能停止。孤立状態が始まりました。
当時瑞巌寺周辺にいた人々で、お寺へ避難してきた方々が300人ほど。まだ3月の寒い時期、それらの人々を住職さんが中に入れた上で、おにぎりを全員に振る舞われたそうです。
ただ、食べれば出すのが自然の理。そこでどうしたかというと、当山門下のお坊さんが、極寒のなか敷地内にある池から水をくみ、桶で昼夜水を流し、下水代わりにしたそうです。
警備員の方が、冷たくないか辛くないか訪ねたらしいのですが、全く苦にならないとおっしゃって、皆きびきびとお勤めされていたそうです。
素晴らしいでは表現できない、震災当時の瑞巌寺の様子でした。

庫裡を見終わり、宝物庫など一通り見終わったので、瑞巌寺をあとにします。
すると
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小学校の修学旅行以来でございます。うーん、綺麗ですねぇ。

こっから国道45号線を多賀城市内までひた走り、本日はネットカフェへ、ふぅ。

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