3/8(171日目)

よっしゃ!朝一で攻略じゃ!
ということで、早速100名城・備中松山城へ。
岩村城・高取城に続き、日本三大山城に数えられる備中松山城。
日本一の高さにある天守閣を目指して駆け上がる。
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山すそには野猿軍団が。
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極力知らん振りしつつカメラを向け、パチリ。

恐らく雲海状態になっているだろう登城道をぐいぐい登る。
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そして程なく天守最寄の駐車場へ。
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前二つの山城と比べると、格段に登りやすかった。
この駐車場先にも、恐らく関係者用舗装路が続いていたが、本来の道をということで山道に入る。
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途中、お殿様のありがたいお言葉。
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気遣いのできる殿。
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早速石垣が見えてきた。
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そして優しい殿。
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労いも忘れない殿。
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殿、お邪魔しま~す(笑)
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早速、眼前に現れるは大手門跡
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石垣と岩肌の上にがっしりと城壁が残る。
朝霧が幻想的である。
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ちょっと幻想が濃いかな・・・。

そしてついに、日本で12棟しか残っていないという現存天守とご対面。
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もやってる(笑)
が、この時間限定のファンタジータイムである。

一つ向こうの山には、備中高松城展望台が設置してあり、天空の城・竹田城のように、この城も雲海に包まれた姿を見ることができるらしい。
こんな感じに。
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秋、もしくは春に良く見られる光景で、特に一昨日昨日は雨が降った上に気温が高かったので、今日は霧が濃いらしい。
展望台の場所は分かっていたので、自分も行こうと悩んでいたのだが、並みのカメラではぽつんと天守が見える程度の画しか撮れないかもということで、じゃあ逆に現地はどんな感じなの?ってな感じで吶喊したらこんな感じでした。
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しかし日が昇るにつれ、雲も下がってきて見晴らしが良くなってきた。
朝の7時頃に登ったので、まだ天守は開いてなかったが、写真を撮っていたら開場時間になったので入城してみる。
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さすが当時のままの姿を留めるお城。
年季を感じる。
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こちらも現存遺構の二重櫓
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明治の廃城令、太平洋の空襲時も、山城の小城ゆえに放置され荒れ放題になりこそすれ、破却を免れ今日に至るらしい。
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因みにこのお城、今年の大河ドラマ「真田丸」のOPに使われています。
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真田家との所縁は薄いように思いますが、何でもイメージがぴったりだったとか。
見比べてみてください。
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さて、このお城の小話を二つほど。
・備中の覇者・三村氏。
かつての城主・三村家親率いる三村氏は、備中に覇を唱えた一大勢力だった。
しかし、お隣は備前・岡山城主の宇喜田直家に、お得意の暗殺をされてしまう。
弔い合戦として、息子・元親が挙兵。
約2万の兵力を備前に差し向けるが、僅か5千の手勢を巧みに操る直家に大敗(明禅寺合戦、明禅寺崩れ)。
大幅に勢力を削がれてしまうが、中国の毛利氏の助けを借りて、何とか形勢を建て直し、奪われていた松山城を奪還。

しかしまたも宇喜田直家が、立ち直り始めた三村氏を牽制。
今度は毛利氏と結託し、三村氏を潰しにかかる。
三村元親は織田と手を組み、毛利・宇喜田連合軍と戦うも、松山城周囲の支城は次々陥落。
松山城も力攻めでは落ちなかったが、持久戦が長引く内に脱走者が続出。
ついには陥落してしまい、三村元親は切腹して果てる(備中兵乱)。
元親の子・勝法師丸も捕らえられ、助命嘆願の声もあったが、その利発さを恐れた小早川隆景によって殺害された。
三村カワイソス・・・。

・ふたりは内蔵助。
時代は流れ、江戸時代。
備中松山藩を治めていた水谷家は、藩主が次々と死去。
跡継ぎがいなかったため改易となってしまう。
その際、城受け取り役となったのが赤穂藩、浅野内匠頭長矩であった。
その先発として、大石内蔵助が松山城へ向かうが、改易の処遇に不満を持つ家臣団でいっぱいの松山城は徹底抗戦も辞さない不穏な空気。
その松山城側の城引渡し役の名前が「鶴見内蔵助」という、まさかの内蔵助対談が実現。
その為か、城の譲渡はスムーズに話が進み、赤穂藩は無事、松山城を接収できたそうな。
しかしその7年後、かの松の廊下事件が発生、赤穂藩浅野家が取り潰し
今度は大石内蔵助が、赤穂城引渡し役をするという、皮肉な運命を辿る。

いやぁ、こんなエピソードもあるんですねぇ。
ぜんぜん知りませんでした。
来てよかった。

さて下山しよう。
と、降りる途中にまたもや野猿軍団と遭遇。
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市の職員の方が餌やりをしていました。
なんでもこの地は昔から猿の生息地で、実際この地の猿は、国の天然記念物に指定されているそうな。
で、猿が里に下りてこないように、下では威嚇しつつ上のほうで餌をやり、発信機もつけて管理してるのだとか。
いや、ご苦労様です。
(日光の猿とは大違いで大人しかったな。)

町に戻った後は、岡山のグルメパンフを見て目星を付けていた鉄板焼き屋・五万石さん。
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ここの名物料理・インディアンとまと焼きそば(650円)を注文。
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おお、本当にトマトソースがかかってる。
何でも自家製なんだとか。
焼きそばとの間に挟まっている卵を絡めて食べる。
おいすぃ!ボーノボーノ!

ご主人と話をすると、なんと同じ大学を卒業された方でした(汗)。
まさかこんな遠方の地に大学の先輩がいるとは思いもよらず、ちょっと感動。
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ヴァーーームまで頂いちゃって、ありがとうございます!
ご馳走様でした!
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備中松山城、高梁市を後にして倉敷市にとんぼ返り。
またも天気が下り坂というので、いつものネットカフェコース。
今日は自分の誕生日ということで、アイ・カフェの半額クーポンを利用。
24時間パックが1860円で利用可能、使わない手はない、ぬふふ。

五万石さんでお持ち帰りにしておいた、ゆずこんにゃくたこ焼きを頬張りながらゆっくり休むことに。
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お疲れさんでしたー。

走行時間:2:54:36
走行距離:48.44km
平均速度:16.6km/h

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